むせ返る新緑の境内

先の日曜日、女房殿の遣り繰りにて久しぶりのお参りから叶いました。うれしく感謝の気持ちでいっぱいです。 64歳でパーキンソン症を発症してから、10年を遣り過ごしはしましたが、細かな不都合が多々出てくるようにもなり始めました。日頃よりみなさまには大変にお世話になっており、心よりお礼を申し上げ、これからのお掛けするであろうご迷惑の数々に先んじてお詫び申し上げるものです。 近年は、春が亡くなりつつあると感じることで、冬からいっきに夏へとジャンプしているものと強く感じることです……。境内のお山は噎せ返るような熱気を感じ、黄緑色の風のなか、まゆみ、カラー、アヤメ、遅咲きのツツジなどに目を細めて、ホッとするひと時です。しばらくの間、お行のお許しをお願いいたします。

  

親先生から5月は、「無垢徳《むくどく》 (求めれば、足りない。手放せば、足りる。) 」といただきました。 「無功徳」は、約6年前にも登場いただいています由、今回は、故・松原泰道老師の「百歳の禅語」を取り上げてみようと思います。 そして、「功徳」とは、「仏教用語」で、「善行、善い行いそのもの」をいうとあります。 布教のためインドから海路、中国を訪れた-禅の開祖-「達磨大使」、中国は「梁」の時代、梁の皇帝・「武帝」は、仏教を広め、寺を建て、僧を養い、仏像をつくり、写経をする。あらゆる善行をしてきたのだから、達磨大師がさぞ褒めてくれると期待していた……と、しかし結果、達磨大師は、武帝に対し「無功徳」と言ったとあります。 武帝の善行について、一つには、どんなに善い行いであろうと、何らかの善い報いがあるという功利的な考えがある限り、これを行ったならば何らかの善い報いがあるという期待がある、あるいは、自分のした行為を美化し、拡大化してエゴを満足させようとするような考えがある限り……、これには何らの善い報いは無いというものです。

  

それからもう一つ、「無功徳」が仏教的に矛盾しているのではないかということについては、仏教の思想には創造の神はおらず、人間の幸不幸は神によって支配されるものではないとされ……、結果は人間の行為によって決まり、「善い行い」⇒「善因善果」、「悪い行い」⇒「悪因悪果」と言うことになる。 良し悪しは別として、原因があって結果が生まれる、因果律が仏教の思想であるとして来た……、 これは釈尊が悟った仏教の根本となる考え方であり……、この「因果律」に照らすと、武帝の様々な善い行いを「無功徳」言うについては、この「因果律」を否定することになる。  今、この矛盾を解(と)かねばならないが、その解決策として、「因」と「果」の間には、空間的隔たりがあり、原因、イコール結果であるという「因即果」と成り得るという深いところまで仏教思想は進んでいるのだと……、すなわち、「因果一如」もしくは「因即果」であると……。 達磨大師は、これらの奥深い次元を抑えて、「無功徳」と言ったのだと……。つまり、「武帝よ、あなたは仏教のための様々な善行を積まれた。その善行がそのまま善い功徳となっている。それも、これ以外にないという功徳であって、更に、功徳を求める必要がない」と続けたのではないかと…、あります。

  話を発展させて、「原因」が「結果」を契機となるものとして「縁」がありますが、「因果一如」の考えでは、「縁」も「原因」とされていると……。

江戸時代に白隠という有名な禅師があり、その師匠は信州中野・飯山の人で、正受庵に住まいし、子弟の扱いの乱暴であったこと、噛んで含める厳しい教育をしていたと……。その厳しい教えは、正受禅師からだけでなく、村の人々からも口伝の形で、正受禅師にも伝えられた……。 その例が「一日暮らし」という釈尊も守ってきた生活の仕方であったと……。 禅の言葉で、「日々是好日」とも言いますが、その日が思いのとおりにはならないし、二元的には考えない。

作家の吉川英治さんは、「雨の日は、雨を愛し、晴れの日は、晴れを愛する……、」と、言う言葉を残されたと…。

同じ作家の武者小路実篤さんは、絵も好きで、サインと共に一言、添書きをされていたと……。それは「桃栗三年柿8年、達磨は九年で、俺は一生」とし、「俺は一生学び通す」と誓ったとのことです。

詩人の八木重吉さんは、「花はなぜ美しいのか……。ただ、一筋の気持ちで咲くからだと……。」

わたくしごととなりますが、「ただひとすじ…、との思いで、お行させていただきます」、

感謝申し上げます。

  

新型コロナ感染症は、ついに5類に移行されてしまいました。第九波については、よく分からなくしたというのが正しいのかもしれませんね。 最後は、自身の注意で、自身を守るしかいのでしょう……。 手洗いの励行、マスクの着用など、これまでもちょっとだけ注意深くするだけで違いが感じられるのではないでしょうか。 換気にはちょうど良い時節でもあり、頑張るところは頑張って、感謝しつつ、注意を忘れないよう心得ておきたいものです。 もうひとつの懸念は、ロシアの侵攻の渦中にあるウクライナ、平穏の日々の一日も早く戻ることを祈らずにはおられません…。

(合掌)

(管理人)