お留守の間のお参りでした

親先生はお留守でしたが、ボランティァ作業やどうしても御祈願をお願いしたいことなどあり、どうしてもお参りさせていただくこととしました。久し振りの境内は、「もうすぐ夏」の装いで、やや薄い緑と黒々した濃い緑、ほっとするような、溜息のでるお山です。カキツバタ、白いカラー、躑躅などが目にとまります。1月に初護摩をいただいてからあっという間6カ月でした。

  

親先生より5月は、「知足(今あるものに目を向ければ満足のいく生活がある)」、といただきました。)

「知足」について、まず、仏教名言辞典(奈良康明編)には、次のようにあります。「知足(ちそく)の人は地上に臥(ふ)すと雖(いえど)も、なお安楽(あんらく)なりとす。不知足(ふちそく)の者(もの)は天堂(てんどう)に処(しょ)すと雖(いえど)も亦(また)意(こころ)にかなわず。不知足(ふちそく)の者(もの)は富(と)めりと雖(いえど)も而(しか)も貧(まず)し」と…。

(原文)「知足之人、雖臥地上、猶爲安楽、不知足者、雖處天堂、亦不稱意。不知足者、雖富而貧。」(仏遺教経・後秦の鳩摩羅什訳)

(解説)  「足るを知る人は地上に寝るような境遇であっても幸せな人であり、足ることを知らない人は、天上界の宮殿のような立派なところに住んでも満足できない。足るを知らない人は、いかに財産があっても心は貧しいものだ」と…。    この文には、前段があり、「若し、諸々の苦悩を脱せんと欲せば、まさに知足を観ずべし。」と説かれ、足るを知るということは、人生を幸せに生きるうえで最も大切なことであることが示され、これに続いて、知足の人と不知足の人との心の違いや生活態度が対比して説かれている。…中略…「不知足の者は、常に五欲の為に牽かれて、知足の憐憫するところとなる」と説かれているように、いくら富があっても満足しないものは、金銭上の不満だけでなくて、五欲つまり食欲、財欲、性欲、名誉欲、睡眠欲、の奴隷となり、それらの欲望にひきずられて、貧しくとも足るを知る人から逆に憐れみを受けることとなると…。

  

また、故松原泰道師の「禅語百選」には、「知足」につき、釈尊が亡くなる時の最後の説法「遺教経」に『八大人覚』と説かれており、(注:ここで『大人』は、仏道修行者をいう)  彼らが固く守って修行すべき八項目とは、「少欲(多くの利を求めない)」、「寂静(静かな処に住す)」、「精進(進んで努力して退かない)」、「不忘念(法を守り忘れない)」、「禅定(心を乱さない)」、「修智慧(智慧を修める)」、「認識(正しく考える)」の七つに「知足」を加えたもの。それぞれ独立した必修項目であると共に、それを修めることによって、最後の「知足」を身につけることになると…。

また、同松原泰道師の一冊には、松江藩主で茶人の松平不昧公につき、「茶の本意は知足をもととする。茶道は分々に足ることを知るという方便なり。足ることを知れば、茶を立てて不足こそ楽しみとなれ」と、茶によって「知足」を行じて知恵を身につけよ」と示しておられるともありました…。

  

宗祖上人様の語録「心のともしび」にも色々とありました。そのひとつに、「不平不満をのけて、ありがとうございますという感謝の一念を持って、孜々(しし)として(熱心に励む様子)精進して行くならば必ず授けてくださる。いただくまいと思うても、向こうから授けてくださる…とありました。日々支えられて生きております。ただ、ただ、感謝ばかりです。

   

新型コロナウイルス感染症は、これから上手く付き合って行くことになりそうです。マスクの外し方(外して良い場所)など、提案される模様であり、4回目のワクチンと共に、この夏の暮らし方に方向が示されることになりそうです。それでもやはり、手洗い・消毒・密にならないなど基本を守って、ワクチンを行き渡らせることで、後遺症の心配を無くしたい、コロナウイルス禍の一日も早い終息を強く願うものです。

(合掌)

管理人