久しぶりのお参りでした。今年の秋は暖かく、風邪気味の体にも心地よいほどでした。蔦などが色づいているものの、紅葉は未だ緑色が沢山で、落葉の絨毯に染まるのは来月になってからの模様です。
親先生の今月のおことばは、「閑古錐」。「長い年月が生み出す円熟」であると。新しい錐(キリ)は先鋭で良く切れるが時には他人だけでなく自分も傷つけるが、年齢を重ね、鋭角な角が少しずつとれて円熟な人格となると。
白隠禅師は、著・『毒語心経』に、「徳雲(トクウン)の閑古錐、幾たびか妙峰頂(ミョウブチョウ)を下る。他の痴聖人(チショウニン)を傭(ヤト)って雪を擔(ニナ)って井戸を填(ウメ)る。」と、あります。 徳雲とは、妙峰山の住人徳雲比丘のこと。痴聖人は、おろかではなく、「愚」に徹した聖人のこと。
徳雲比丘は、修行を積んだ閑古錐というにふさわしい高層でしたが、高峰に安住することなく、娑婆世界に下りて、黙々と雪を担いで井戸に投げ込むという愚行を行ったと。
無駄なことであっても決めつけることなく、黙々と努力する・・・まずはそのような修行からさせていただくこと、まだまだ遠い閑古錐の心境であると思わせていただいたことに、先ずもって感謝したいものです。
(合掌)
(管理人)